2014年1月31日金曜日

まあゆるゆると

1月も今日で終わり、そろそろ年度末が見えてきた。いろんなことが「まとめ」に差し掛かっている。
NPO関係のいろんな事業や関わっている「会議もの」もまとめの段階になってきた。
まあこういうものは「まとまるべくしてまとまった」ものよりも「年度末だからとにかく切りをつけてまとめた」ほうがずっと多いから、「やっつけ」的なものが多少とも入ってくるものだけれど、それはそれで別にいいと思う。(「それでいいのだ」という意味ではなく、ことさらに全否定するものでもなくポジティブにとらえればいいじゃないか、という意味で)
向かっている方向がおかしいのでなければ、今目の前の期限を切られた中で積み上げた具体的な成果は、必ずしも完成度の高いものでなくてもいいじゃないかということだ。

もちろん現実には売上高とか入込数とか、具体的な「数字」というもので評価されてしまう立場の人が多いから、そんなのんきなことは言っていてはいけないのかもしれない。
でも、子どもの成長をテストの点数という具体的な数字だけでズバッと評価してしまうことに対して、「子どもの成長はそんな一面的で近視眼的な尺度で単純に評価してはいけない」と言われたら「そんなことない!」と直ちに反論できる人は少なくて、「そうだよな。本当はそうなんだよな」と思う人のほうが多いだろうと思われるのと似たようなことが、まちづくりにも言えるんじゃないかな。

なーんてエラソーなことを言いました。酔っているから。ひっく。

2014年1月30日木曜日

コストをキャピタルに

雪が一週間ほどぜんぜん降っておらず、晴れ間がのぞく日やいい陽気の日が続いている。
週末に上根来で雪室作りなのに大丈夫なのか?と思っていたのだが、Kさんから上根来での除雪風景の写真を送ってきた。

なんだこりゃと思うほど雪深い。うーむ、これなら雪室を作るための雪は簡単に集まりそうだなあ。
雪などぜんぜんない海岸近くの市街地から30分でこれだものな。
数十年前はもっと雪が降ったから、私と同じくらいの年齢の人たちが子どものころは、冬には市街地まで降りることなどほとんどなく、保存食を中心に冬を過ごしていたらしい。

屋根の雪下ろしは珍しくもなんともなく、降ろした(あるいは自然に落ちた)雪が家の戸や壁を壊さぬよう、雪囲いをしていた。これは今でもしていて、たとえ住んでいなくても家が残っている人たちは冬が来る前にしっかり雪囲いをしている。
雪にすっぽり囲われて家自体が雪室みたいになっているから温度が上がろうはずもなく、冬は厳しかったろう。

今度の雪室の取り組みは、このやっかいものを利用できないかという取り組みだから、これって知床に流氷を見に行ったときにホテルの会長さんが言っておられた「ピンチをチャンスに」ってことと同じだなあ。そういう発想って、他所の例を見聞きしたときには普通に「なるほど」と思うのだけれど、それを身近なもので実際に発想するのはなかなかすっとできるものではないのだなと実感した。
雪室がうまく行くかどうかは別として、そういった発想の柔軟さは持っていたいなあと思う。

2014年1月29日水曜日

バイオやっぱり便利

久々にいい天気だった。まったく冬の天気ときたら晴れの日が珍しい。このあたりの感覚は住んでいる者にしかわからないのだろうな。
久々に自転車で出かけるか…と思って身支度し、ボディバッグにバイオとメディアスタブとノートを入れて(つまりセミナーツアー中のスタイルになって)、さあ出かけるぞと思ったら自転車がない。先週敦賀まで電車で行くときに駅まで自転車に乗り、帰りはよしきの車で帰ってきてそのまま飲んだので、駅に置きっぱなしだった。^o^;
そこでこれも久々に駅まで歩いた。といっても2kmもない道のりだが。
途中で友人に2人会い、2人とも「どうしたんや?」と驚き、「乗せてったろか」と言われた。おじさんが歩くのは、健康維持のためのウォーキング以外ないとみんな思うまちだからなあ。まあ徘徊していると思われなかっただけよしとしよう。

駅に着いたのだが、すぐに帰るのはちょっともったいない気がして駅舎の中の「アーカンシェル」でティータイム。ここはケーキ屋さんなのだが、中に喫茶コーナーもあって、いつも客はほとんどおらずゆっくりできるのだ。
ここで1時間近く添削。バイオとメディアスタブを並べて、メディアスでPDFを表示しながらバイオでコメント入力。バイオは画面が非常に小さいのだが、文字表示を大きく設定することができるので、老眼のワタシにも苦にならない。

一時期(エイサーのWindowsタブを買ったころ)ぜんぜんバイオを使わなくなって、いっそ誰かにあげてもいいなあと思った時もあったのだが(名古屋方面のスチャラカな人がすぐ手を上げるだろうが)、最近またよく使うようになっている。
ボディバッグやポーチなどにも入るし何より軽いので、私のようにブラウザ・Office・Evernoteに限定して使う人にとっては、実に使い勝手がいいのだ。

とはいえ1時間もディスプレイをにらんでいると目が疲れるので、切り上げて自転車で帰宅。やっぱり目がすぐ疲れるようになったなあ。

2014年1月28日火曜日

SUKIYAKI塾はすごいんです

大分のムラりんさん主宰の「智楽の会」が26年度試験に向けて第1回講習会を開催したことがムラりんさんのブログにあった。素晴らしい講義であったらしい。天才だけどヤカンのフタを落とす智越さんの講義もぜひ聞いてみたいものだ。

感動といえば、もう4年前になるだろうか、SUKIYAKI塾講師派遣事業を最初にやったとき、SUKIYAKI塾北海道の筆記試験セミナーにも感動した。皆それぞれに資料を用意して、プロジェクターまで持ち込んだ人もいたなあ。あれに触発されて沖縄でいごの会が立ち上がったんだった。
去年の4月のSUKIYAKI塾東京の出願セミナーも印象深い。情報屋1号さんのがんばりはすごかった。今年はγ-GTPさんらしい。終わったら心からにゃんぱいしたいものだ。
名古屋ではクレヨンさんが総監マスターになっている。彼は決してただの酒飲みではないのだ。というか、全国のSUKIYAKI塾の会は旅費を払って彼を招聘するべきだ。その価値は十分あると思うよ。
SUKIYAKI塾広島もすごい。sonnyさんはもともと自力で口頭試験対策をスタートさせた人だし、それだけのスキルを十分持っている人だ。弱点はあねごだけである。

皆さんさすがだなあと思う。そろそろ私をOne of themとして扱ってもらってもいいんだよ。

2014年1月27日月曜日

雪室Go!

雪室を作ることになった。
上根来の畜産団地跡で、あまたある畜舎等の建物跡のひとつを使って雪を集めて断熱シートで覆うという計画だ。
米や野菜が甘くなるとかお酒が熟成するとか、いろいろ言うけれど、とにかくやってみようということになった。ありがたいのは建物そのものがすでにあるということで、もし軌道に乗れば壁を作りつければ断熱性に優れた貯蔵庫になる。
発案から1ヶ月もたっていないのだけれど、「とにかくやってみよう」という流れになるのは、企画自体が魅力的というか、「面白そうだ」という理屈抜きのワクワク感があるからだろうな。

上根来の地元に人たちと一緒にやるのだが、標高300mの山の中腹にあって近隣集落まで7kmほどあるという立地上、上根来の人たちは実にたくましい。大工仕事や重機運転、さらには猟もやる。かんじきをはいて山を歩き回る人たちである。
雪室も、我々だけでやっていたらきっと小規模な、なよなよとしてすぐに壊れてしまうようなものになったに違いない。
こういう人たち自体がすごい地域資源なのだなあと再認識した。

雪が降る時期になると基本的に野外活動はむずかしくなるから、NPO活動もほぼ休眠時期に入るのだが、今年は冬の真っ只中に面白い企画ができて嬉しいなあと思う。


2014年1月26日日曜日

たいころじい

「たいころじい」という本がある。和太鼓の専門誌で、石川県白山市(旧・松任市)にある浅野太鼓が出している不定期刊行物である。最近ではだいたい年1回の刊行だった。

平成6年に地域おこしの一環として、私の住む地区が地域祭礼「お城祭り」に大太鼓を奉納するようになって、私も35歳にして生まれて初めて太鼓というものを叩くようになったのだが、あっという間にハマってしまい、会社のロッカーにバイ(太鼓のばちのことを私たちの地域ではバイと呼ぶ)を入れておき、深夜残業や休日出勤で自分ひとりのときは、仕事の合間に素振りをしたりイスをコトコト叩いたりして練習したものである。
そのころに確か浅野太鼓に皮の張替えで行ったときではなかったかと思うのだが、「たいころじい」に出会い、太鼓の歴史やいろんなグループの活動、楽曲その他の情報が得られるというのですぐにバックナンバーを全巻取り寄せ、その後も定期購読していたのである。ちなみにこれは本屋にはたぶん並んでおらず、定期購読も1回ずつ郵便振替で購読料を払うという、なんとも牧歌的な本であった。
これが今回最終刊となった。私自身、祭礼以外で和太鼓には関わっていない(一時は太鼓グループの指導をしたり曲を作ったりしていたが、ここ数年ご無沙汰である)から、日本の和太鼓の流行り廃りは知らないのだけれど、一抹の寂しさはある。

肝心の祭礼も、4月に練習してGWに本番なのだけれど、4月はセミナーツアーに出ていて不在がち、特に昨年からは出願セミナーの重要度が増したもので出ずっぱりとなって練習にも顔を出さず、本番だけひょっこりやってくるという、まことに申し訳ない状態になっている。
太鼓をばんばん叩いていい音が出せたときは本当に気持ちがいいのだが、もうそんな技術もなくなっているのではなかろうか。

2014年1月25日土曜日

APEC-semi始動

APEC-semiの2014年度講座が始まった。早速受講してくれる人たちがいて、ありがたいとともにがんばってるなあと感心することしきりだ。25年度口頭試験で小論文の大切さを痛感しただけに、時間をかけて練り上げる効果は大きいと思う。

「時間をかける」というのは、小論文をあれこれ練り上げる時間だけではなく、「しばらく放っておく」時間も含む。いや、後者のほうが大事かもしれない。頭の隅っこのほうにいつも置いておいて熟成させる期間というのかな。
技術士試験は、小論文も筆記試験も口頭試験も「合理的な課題解決ができるかどうか」が勝負なのだが、そういうトレーニングを試験対策の中で繰り返していると、実務の中にもそういう思考が少なからず入り込んでくる。
そうするといい仕事ができるようになる。わけもわからずやみくもに、あるいは大した工夫をせずマニュアル通りにやっていた仕事が、合理的課題解決プロセスが見通せる、すっきりとした質の高いものになってくる。
そういう仕事ができるスキルは、「試験勉強」の中で実に付くものではない。それはまさに「地力」だ。

私は「テクニックだけで試験に合格する」という考え方には否定的で、だから添削などでも「こうすればいい」とあっさり言ってしまうのではなく、自分で考えて答えを出してもらうようにしている。それが嫌だ、もっと手っ取り早くという人もいるけれど、長い目で技術者ライフを見れば、テクニックだけで合格してもなあ…と思うわけですね。
「覚える」のではなく「考える」ようにしてほしいと思うのだが、それは添削する側にしてもけっこう大変だ。「こうすればいいですよ」とさっと言ってしまったほうがよほど楽だもの。だからピークになると風呂の中でとか歩きながらといった添削スタイルになってしまうのだけれど。^o^;
まあ効率は悪いのかもしれないけれど、こういう方針なので、時間をかけてじっくりやっていきたいと思う。
みんな、がんばりましょう!

2014年1月24日金曜日

陽気のいい日はノマド

毎日出歩いているが、今日は敦賀へ。小浜から電車で1時間、福井までの中間地点だ。

昨日にも増してうららかな陽気。午後3時半の小浜駅にはほとんど乗客もおらず、のんびりした空気が流れる。まあこの5分ほど後に電車が入って来るのに合わせて高校生がどどっと乗ってきたのだけれど。
新年度に向けてHPを更新中なので、敦賀までの車中ではずっとレッツノートを叩いていた。

夕方近い敦賀は快晴。駅からほど近いファミレスで再びHP更新作業。陽気がいいとノマドワークもはかどる気がする。
NPOの打ち合わせをバタバタとすませ、帰りはよしきの車に乗せてもらって四方山話をしながら小浜へ。自宅で女房を拾って「秀」で夕食。小浜の魚を食ってホッピー飲んで天下泰平で家に帰った。^o^

2014年1月23日木曜日

なぜか福井はうららかだった

警察協助員会の県役員会で福井に行ってきた。
このブログで何度も書いたと思うが、この時期は北陸トンネルより北にはなるたけ行きたくない。寒いし雪がいっぱいあるし。
そう思ってジャケットの下にセーターを着て、ズボンの下にヒートテックをはいて、厚めの靴下にスノーシューズをはいて、おそるおそる小浜駅を出発した。

隣町・若狭町の鳥羽谷ですでに十分雪深い。ああやっぱりなあ、スノーシューズくらいで大丈夫かなあとひるむ。

敦賀駅のちょっと手前、東美浜あたりになると雪もなくなり、からりと晴れているではないか。あれ?おかしいなあ?でもオレはだまされないぞとダウンジャケットのジッパーを上げなおした。

北陸トンネルを越え、ひこそう全国大会のときにべっこ王子さんが迷い込んだところに近いあたりに行くと、どーんと雪が。それでも屋根の雪はたいしたことない。「あれ?こんなもんかな?」と思いつつ福井に着いてみると…

なんやねんこれ。雪がほとんどないやないか。これが1月の福井か?おまけに陽射しがポカポカと暖かい。スノーシューズを履いている自分がバカらしくなってくるくらいの陽気だ。

会議を終えて新年会のために移動。足羽川の川原にも雪がうっすらとしかない。カモの群れがのんびり泳いでいた。
こんなこともあるんだなあと、うなぎの美味い店でたっぷり飲み食い。よくわからないけど、とりあえず満足したおじさんは9時前に福井を後にした。

敦賀で小浜線の最終電車に乗り換え。1両だけの電車は、たった2人の乗客を乗せて11時過ぎに小浜に着いた。その2人のうち1人が私、もう1人が私が小学校PTA会長だったときに委員長をやってくれた、息子の幼なじみのお父さん。なんなんだこの身内電車は。
小浜駅からタクシー代行で帰宅。なんだか狐につままれたような福井行であった。

あ、そうだ。今日は木曜会でもあったのだった。年に一度の「濱の湯飲み会」。濱の湯にゆっくり入って、風呂上りに「濱亭」で冷たいビールをぐいーっとやってわははと呑もうという会である。
うーん、残念だったけど、福井で美味いうなぎ食えたからまあいいか。若狭坊ごめんね。

小浜駅に降り立ったら、タイムワープ後の
デロリアンみたいに我が愛車は凍てていた。

2014年1月22日水曜日

新年度に向けて

今日もNPO関係のことで外に出ずっぱり。そしてそのまま夕方から地元公民館関係団体の合同新年会。
主な活動日がぜーんぶセミナーツアーなどにかぶって何もせずに1年間過ごしただけに申し訳なく、それでも気軽に話せることがありがたく、そして懐かしくさえある酒席だった。
コージとまえちゃんと話しこんだのは去年の新年会以来じゃないか?
とはいえメンバーの高齢化もいやおうなく進み、そのせいか8時過ぎにはもうお開きで、私も早々に帰宅。

そして今日が口頭試験最終日。これに合わせてAPEC-semiも2014年度講座をスタートさせた。
これまで得たノウハウなどをしっかり生かしつつ、しかし同じことの漫然とした繰り返しにならないよう、またがんばります。
SUKIYAKI塾も2014年度の活動がもうすぐ始まる。今年からは添削講座のコーディネートもお願いすることにした。コーディネーターはSUKIYAKI塾広島の「あねご命」ことsonnyさんじゃけんのう。

2014年1月21日火曜日

こんなものばかり買って(`ε´)

NPOでの受託業務で1日移動していた。
最近買った変なモノ。

和傘(番傘)とカンジキであります。いずれもアマゾン。何でも売ってるんだなあ。
番傘は初回なので安~いのを買ったのだが、以前買った和太鼓と同じく、「塗り方」と「竹の質」から中国製であることが一目瞭然。
誤解のないように言っておくが、それがいけないとか買わなきゃよかったとか言っているのではない。中国にはまだまだ人件費が激安のところがあるんだなあということと、そういうビジネスモデルがあらゆる分野でしっかり作られているんだということである。
そしてまた、「誰が見てもわかる」付加価値が十分つけられるということでもある。これは実にありがたい。だって、100円ショップで売っている商品の中には、非常に見栄えがよくて、もっと値の張る品と並べても区別できないものもあるわけで、そういう品だったら付加価値による差別化が非常にわかりにくくなるでしょう。
若狭和紙にアブラギリの油を塗った番傘、作りたいなあ。

2014年1月20日月曜日

例のそば屋が大好きな人

ここ数日、ずっと冬型である。時々晴れ間ものぞくが、たいていは重苦しい曇りや雨雪。

といっても、どさっと積もるわけじゃないし、昼にはこうして道の雪はなくなるから、生活に困るわけではなく、冬用タイヤもいらないくらいなんだけどね。でも寒いのはこたえる。
こんな天気だから、市民もあまり出歩かなくなる。夜の繁華街は本当に静かで、実はまちごと神隠しにあったんじゃないかと思えてくるときもある。

なーんて思っていたら、それに比べてどうなんだろうというくらいにぎやかな新宿から、例の沖縄そばの店の前で実に嬉しそうなバイアさんの写真が送られてきた。
きっとバイアさんはその店の沖縄そばが本当に好きなんだ。そうだ、きっとそうなんだ。そうでなければこんなに出没しない。

2013年11月、入りたいよーと言って泣くバイア。
2013年6月、店の前で入りたそうにするバイア。
(オマケ)2012年11月、「負けた~」と泣くゆめたく。

2014年1月19日日曜日

がんばれ国内メーカー

女房のスマホを、アクオスからエクスペリアに機種変更した。
アクオスは5インチあって、やはり女性にはデカすぎるきらいがあったのだが、4.3インチのちょうどいいエクスペリアが出たので機種変更した。
実はサイズよりも、アクオスがすぐ正常動作しなくなることにストレスがたまっていたようだったので、きちんと動く機種に替えたというのが本当のところだ。
ぶっちゃけ言えば、アローズとアクオスはちゃんと動かかなくなって、ストレスで機種変更したという人がすごく多い。私の周囲だけでも5人以上いる。
そういう人が何に替えたかというと、ちょっと前まではギャラクシー、今はアイフォンだ。日本の電機メーカー、何やってんだという感じである。そういう中で私としては唯一信頼できるのがエクスペリアだったので、今回の機種変更に至った。
実は私も新しいエクスペリアに替えようかなと思っていたのだが、今使っているエクスペリアSXが不満がないもので、自分の買い替えは思いとどまった。

そういえば去年買った自動掃除のココロボも、充電器に自分で戻ることが全然できず、ちょっと残念な買い物だった。
こういう「こんなことができますよ」と言われて買ったのにそれがまともにできなかったり、たとえできても肝心のマシンそのものの安定性がなかったりして失望することが実に多い。
一昨年は富士通のPCを買ってきたとたんにシャープの複合機がまともに動かなくなって、しかも1年近くたってもそれが改善されず、呆れてPCをASUSに買い替えたらピタリと異常動作がなくなったということもあった。
やっぱり国産にがんばってほしいと思っているだけに(だから少々高くても国産を買うのに)、残念なことが多くなっているなあと思う。

2014年1月18日土曜日

美味い酒

思いっきりぐーたらした。
朝、どんど焼きに正月飾りや去年のお札を持って行って、ボランティアセンターのネットワークのセットアップをして、昼食後女房の学校のWiFi環境の手伝いをちょっとして、あとは家でマンガを読んでいた。
年末に「ナニワ金融道」「新ナニワ金融道」をまとめ買いして読んで、正月からは「味いちもんめ」をまとめ買いして読んでいる。
漫画のまとめ読みができることが目下の自分としての充電になっている。
特に何巻もまとめて読むと、その「世界」に入れるので特に面白い。週刊誌なんかで途切れ途切れに読むのとは大違いだ。

ところが入り込みすぎると、その漫画で描かれている世界に自分に行きたくなるので困る。
「味いちもんめ」は料亭が舞台なのだが、カウンターでじっくり静かに燗酒を飲みながら旬の魚をつつくなんていう風情が「いいなあ」と思うものだから、自分もやりたくなっていかんわけだ。
もっとも私には料亭というのはちょっともったいなすぎるので、落ち着いて酒が飲める居酒屋あたりがちょうどいい。旬の地のものが出せる居酒屋で、カウンターの隅っこのほうで地酒をなめながら地物をいただくというのが大好きだ。
そのあたりがあるから、セミナーツアーに出るとそういう「一人居酒屋」を楽しんだりするのかな。

秋田の無限堂秋田駅前店なんかはもう「秋田に行ったら行くと決めている店」になっている。
新潟では去年、一人居酒屋にチャレンジしてえらい目にあった。でもリベンジしたいものだ。
金沢にもきっといい店があると思うが、巡り会ってはいない。巣鴨もそうだし、大阪(特に江坂)もそうだ。
それ以外の地域では「一人居酒屋」をすること自体がない(SUKIYAKI塾のみんなで楽しくやりに行く)ので、決めている店ってないなあ。
あ、そうだ、福井駅の八兆屋があったか。あそこも好きな店だ。

一人以外で行った店で美味かったなあという店は多い。日本酒と肴という組み合わせだと、バイアさんと初めて八王子で飲んだときの店は美味かった。カチナノリさんに連れて行ってもらった「魚屋の2階」も美味かったなあ。
今年もいろんな店で美味い酒と美味い肴を食べたい。意地汚いけど、それはやっぱり何よりの楽しみであります。

2014年1月17日金曜日

技術は進歩する

本のほうもようやく脱稿し、めでたく2013年度の受験支援は終わった。
気が抜けたのか、昨年買った電動ソファをリラックス形状(というか歯医者さんの診療台形状)にして、ホットカーペットを敷いて気持ちの良いうたた寝。

なぜかふと今日が1.17であったことを思い出す。
19年前のその時、私は名古屋駅前のビジネスホテルの7階にいた。揺れで目を覚ましたものの、震度3~4と判断して二度寝。起きたら大変なことになっていた。ぎゅうぎゅう詰めの新幹線こだまで小田原へ何とかたどり着いたものの、打ち合わせ先の当時日本道路公団は、阪神高速の高架橋倒壊などでそれどころではなく早々に追い返され、本当に何とかかんとかという感じで深夜に帰宅した。
阪神での高架橋倒壊は、いずれも多くの土木技術者が敗北感を感じたことだろう。だけどそのままでは終わらない。悲しいことだが多くの命が失われたからこそ技術も進歩した。あれで耐震基準がいろいろと変わり、耐震補強が全国で進み、東日本大震災では間違いなくその成果が出ていた。
東日本での津波もきっと技術発展にしっかりつながっていくだろう。それなりに時間をかけて、しっかりしたものが出来ていくと信じている。阪神淡路から道路橋示方書改定まで7年かかったのだから、それくらいは待っていないと。

なーんて思いながら、とりあえず脱稿祝いを一人でやった。石垣で買った「島豚ごろごろ」を肴に、バイアさんと一緒に買いに行った泡盛を飲んだ。

2014年1月16日木曜日

毎年この時期行きたくなる

今日、最後の模擬面接が終わった。
「まだやってたんですか!」と思う人もいるかもしれないが、まだやっていたのである。口頭試験の最終日は22日、実質的には19日(日)なのだ。
1月に入ってから延べ10人の模擬面接をやった。全員総監だ。
まあともかく、これで今年度の受験講座は全部終わった。
「二次試験合格法」の原稿も、15日脱稿予定だったが2日ほど送れて何とかできそうだ。

「模擬面接が全部終わり、原稿もできたらノンビリ温泉にでもつかりに行こう」と思っていたが、間髪入れず2014年度の講座準備に入らないといけない。合格答案実例集も作らないと。
うーむ、今年も「温泉」→「濱の湯」で妥協することになるのかなあ。ToT

どうせ行くならこれくらいの秘湯に行ってみたい。

2014年1月15日水曜日

雪室作ろうかな

冷蔵庫絡みのネタが続くが…
今年度の上根来での活動も、アブラギリシンポも終わったし、ゲストハウスも雪の中になったし、ほぼ終わりだなあと思っていたら、「呪いの赤椿」犯人生家のKさんから、「雪室やらない?」と素晴らしいアイデアが。

雪室は、雪をうずたかく積み上げたり、倉庫の中にパンパンに詰め込んだりして、その下に容器や小さな倉庫を埋めて、天然の冷蔵庫にしたもの。ちょっとググってみるだけで、実にたくさんの事例がある。温度が4~5度で一定、湿度が90%あるので、野菜などが痛まず熟成して糖度がすごく増すらしい。またうまく断熱すれば夏まで残ったりもするらしいので、実現すればいろんなイベントができそうだ。
畜産団地跡にはちょうどころあいのスペースもあるので、ここでできそうだ。これからまだ数回寒波がくるだろうから、その後にペイローダーでも借りて、ぜひ作ってみよう。
何より、サーモスタットでON/OFFして温度がゆらぎ、乾燥してしまう冷蔵庫に対して、温度が一定で湿度も高い雪室という対比が面白い。「自然の力をうまく利用する」という点にすごく魅力を感じる。
うーん、また面白くなってきた。

2014年1月14日火曜日

鏡面ドデカ冷蔵庫

年末に冷蔵庫が壊れた。なんだかよくわからないエラーが出て、冷えなくなったのだ。25歳になる息子が生まれる前から使っていた冷蔵庫なので、まあしかたないだろう。
私はそのときSUKIYAKI塾大阪の模擬面接で大阪にいたので、女房に新しい冷蔵庫を選んで買っておいてくれと頼んだ。

女房は母と電気店に行ったらしいが、母が買う以上は20年使うつもりで選ぶようたきつけたみたいで、そのうえ母の世代は冷蔵庫にやたらとモノを溜め込みたがるので、結局これって個人が使うものか?と思うような店にあった一番大きな冷蔵庫を選んだらしい。前面が鏡面仕上げになっているとのことで、「冷蔵庫で身だしなみチェックができる」と、わけのわからないことを女房が言っていた。

ところがあれこれ買い悩んでいる間に在庫がはけてしまったようで、即日配達は無理で、年内配達ができるかどうかということになったらしい。それまで冷蔵庫がなくなってしまうわけだ。
「え、でもばあちゃんの親世帯には大きな冷蔵庫があるし、冷凍庫もあったよね。それにアブラギリ用にオレが買ったストッカーもずいぶん空きスペースがあるし。」
「それもうぜーんぶいっぱい」
どんな家やねん。ストッカーなんぞ、アブラギリシンポジウムが終わったので「空きスペースに冷凍食品入れてもいいよ」と私が母に言った翌日には満杯になっていたらしい。

で、母が電気店に
「車の代車みたいなものはないのか」
と聞いたらしい。店の人は「そんなものはないです」と言っていたのだが、さらに食い下がったら「じゃあ作ります」といって小ぶりの冷蔵庫(展示用だったのかなあ)を配達してくれたとのこと。
ということで、私が帰宅したときにはこのレンタル冷蔵庫がちんまりと置いてあった。
見ると「レンタル用2号」と急ごしらえのシールが貼ってある。電気店にわざわざレンタル用を作らせるって大阪のおばちゃんかい。てか「2号」ってなんやねん。1号もあるんかい。

とはいえ小ぶりなので入っていた食品類がとても詰め込めない。さいわい真冬なので暖房の入っていない部屋に置いておけばいいのだが、冷凍食品が多かったので大変である。レンタル2号君は冷凍庫が昔の冷蔵庫のように上のほうに少しあるだけなのだ。
そこで屋外にカゴを置いて食品を入れ、雪をかぶせて冷やしたり、まあアホな工夫をしながら冷凍食品を鬼のように消費しながら年末を過ごしたのである。

新しい鏡面冷蔵庫は、大晦日にやってきた。聞きしに勝る大型冷蔵庫で、私を殺して隠しておけそうな大きさだ。2人暮らしでこの冷蔵庫をいっぱいにしてしまったら、最後には奥のほうから数年前の食品が出てくることになりかねない。タイムカプセルかっちゅうねん。
夜中にリビングで一人仕事などしていると、鏡面冷蔵庫に写った自分の影にはっと驚いたりする。なんやねんこのプチホラー。
鏡でもガラスでもありません。冷蔵庫です。
年末の一時期に我が家にあったレンタル2号君は、私が小さかったころに家にあった冷蔵庫と大差ない大きさだ。
冷蔵庫に入れる食品など限られていて、大部分の食品は、手に入るものを2日か3日程度の間に消費していたし、野菜などは土間なんかに置いておけばそうそう傷んだりしなかったのである。冷凍庫なんて氷とアイスをちょこっと入れられればそれで十分だった。

考えてみればこれってジャストインタイムの真逆じゃないのかな。こんな大きな冷蔵庫があれば、かなりの量がストックできる。在庫を大量に抱え込むわけですね。
母の世代などはそれで安心感を得られるのかもしれない。でも小浜って戦後食糧難がそれほど深刻だったとは思えないんだけど。
まあともかく、我が家の鏡面ドデカ冷蔵庫は、今はまだかなりの空きスペースがある。

2014年1月13日月曜日

呪いの赤椿

8月末日に上根来でロケがあった、西村京太郎サスペンス「十津川警部シリーズ」の「京都~小浜殺人迷路~八百比丘尼伝説の怪~」が放映された。
その前日、犬がいなくなり飼い主もいなくなりウンコを踏んで倒木が道をふさいでシカが車に激突した厄日に遭遇したのだが、その翌日、上根来でロケが行われたのだ。

八百比丘尼伝説は、人魚を食べて不老長寿になった娘が全国を旅して様々な善行を積んだ末に、小浜で洞窟に入って最期を迎えたという伝説だ。全国に伝説が散らばっていて、土木施工の元祖的なこともしている。そうそう、手塚治虫の「火の鳥」でも登場したな。
まあとにかく小浜の誇る不老長寿伝説なのであるが、「怪」って言われちゃうと…^^;

小浜市街地を望む、海望山からのアングル。
実はここは北朝鮮による拉致現場でもある。
刑事役・渡瀬恒彦とその妻役・かたせ梨乃が
小浜駅からミフクタクシーで上根来へ向かう。
上根来登場!テロップの「小」の字の真上あたりが
ゲストハウスで、ロケ当日は渡瀬恒彦控室だった。
犯人(複数いるが、かたせ梨乃の友人の犯人)の生家。
Kさんの実家で、現在は無住。一昨年はこの庭をバーベ
キューにお借りしたりした。ロケの時点で「犯人の生家の
設定」と聞いていたので、犯人がわかってしまった。^o^;
八百比丘尼登場。小浜市空印寺横に入定洞がある。
小浜駅のシーン。知り合いがエキストラでわんさか。
入水自殺を試みる犯人。真珠浜、あるいは高定寺裏と
呼ばれ、中学生のころは毎日のように海水浴に来てい
た浜。小さな浜が3つあるが、これは通称「一の浜」だ。
以上、テレビ画面をスマホで写した写真であります。キャプチャじゃないよ。
キョーレツだったのは「呪いの赤椿」。うーむ、強引な…ちなみに八百比丘尼が植えたのは白玉椿。「呪いの赤椿饅頭」でも作ったら売れないかな?^o^
烏丸せつ子、芦川よしみなど懐かし女優も出演し、出演俳優の年齢がやたらと高いなあと感じたドラマでありました。

2014年1月12日日曜日

たまにはホリデー

ひこそう全国大会翌日、今日もSUKIYAKI塾メンバーのいる午前中だけしっかりいい天気。

ともともさん撮影の阿納の夜明け。ってか、ともともさん早起きですねえ。

おさかなセンターで買い物をして、さらに道の駅へ。買い物ついでにふぐ鍋を食する。知床さん撮影。

風は寒いが天気がいいので日差しが暖かい。べっこ王子さん撮影。

腹ごなしに小浜西組を散策。常高寺の「浅井三姉妹」顔出し看板にて。すーさん、なおき、知床さん。知床さんが騒音おばさんそっくりなのに笑ってしまった。Beやんさん撮影。

昼食は米太で必殺からみそば。知床さん撮影。辛味大根をおろした汁をたっぷりかけて食べる。大根辛さで舌ビリビリ。これがまた美味い。左は洋カツ丼。

からみそばを食べて実に美味しそうなクレヨンさん。納豆を食べたときもこんな顔になります。
昼食後、解散。皆さんただ飲むためだけに小浜まで来てもらって、本当にありがとうございました。
また来年もひこそうであいましょう。^o^

いったん帰宅して、女房の実家へ猪鹿避けの柵を作りに行った。その辺の廃材を使って夕方までかかって完成。帰宅して着替え、区の新年会へ。これで三連荘である。
午後から曇りになっていたのだが、新年会が終わって会館の外へ出てみると冷たい雨が降り始めていた。
再び帰宅して風呂にゆっくり入って酒を抜き、さあ仕事…と思ったがさすがにその気にならず、早々と就寝。たまにはきっちりホリデー。

2014年1月11日土曜日

ひこそう全国大会#2

名古屋・大阪からのSUKIYAKI塾メンバーが集合するのは3時ごろの予定なので、こちらも時間を有効活用しようと、日本三景・天橋立へ。

天橋立は砂洲が成長して長さ3.6kmに及び、阿蘇海という湾の入り口をほとんどふさいでしまったものだ。この南北にロプウェーやモノレール、リフトで上る展望台がある。

便意を催したわけでは決してない。天橋立を背にして立ち、股の間からのぞくという、「股のぞき」をしているところ。いわれは知らない。

天橋立近くのそばやで昼食。かけそばとちりめん山椒ご飯。山椒の風味が大変うまい。

と、ここで名古屋・大阪組から「高速道路を降りそこねた」というヲイヲイな連絡が。敦賀ICで降りずにその先の今庄ICまで行ってしまったそうだ。よりによって一番雪深いところまで行くとは…これはBeやんさん撮影の雪中ドライブ風景。

じゃあ集合時間はちょっと遅れるねということで、我々はもう1軒そばやをはしご。舞鶴市にある店で、出石皿そばを堪能。つなぎを使わないしっかり黒いそばが2口か3口程度皿に乗っており、これを「5枚」とか「10枚」といって頼む。成人男性なら10枚かな。ツユは通常のざるそば用のツユに卵やとろろを入れ、ぐじゃぐじゃにかき混ぜたものにそばを絡めてずるずると食べる。これがうまいんだ。
3時過ぎ、我が家に帰宅。4時前、名古屋・大阪組が到着。さっそくAPEC家でプレ宴会。

大事に大事にとっておいたヤマナシ酒やバイアさんからいただいた秘蔵の酒を遠慮なくぽんぽん飲んで時間を過ごす。^o^;

ピアノを弾く知床さん。グランドピアノなのだがミニピアノのようにも見える。

6時、「ひこそう」に移動。総勢15名の宴会である。ずらりと並んだ料理はまだ全体の半分くらい。

てっさ。これで2人前にあんる。もちろん1枚ずつ箸でつまむ
などというみみっちいことはせず、横にざーっとすくい取る。
刺身は鯛、甘エビ、イカ。
カサゴの煮付け。美味しいでっせ。
牡蠣。殻ごと蒸して食べる。味付け不要。海のミルク。
茶碗蒸し。アナゴ入り。
フグのから揚げ。フグの味を一番味わえる。
極上ヒレ酒。いくらでも飲めます。
さらにてっちりに〆の雑炊。ひたすらに飲み食いし、わいわいと楽しく過ごした。メンバーはSUKIYAKI塾10名、なおき、みつこ、私と女房&女房の妹。

久々に再会し、愛を確かめ合う2人。知床さんが実に嬉しそうなのである。

もう全員腹いっぱいになりました。今年はこのあと何もなく無事に終了しました…と言っておこう。